四五式十五糎加農

(それぞれ特色のある砲座の画像)

日露戦争の戦訓により、長射程のカノン砲を必要とすることが認められ、大正元年(1912)に制定された。

本来野戦に用いることも考慮され、組み立て式の移動砲床が用いられたが、要塞設置用として射程距離を伸ばした改造固定式は、昭和10年に正式制定された。

大島砲台ほか対馬郷崎砲台等多数の砲台に設置されたとのこと。

観測所兼弾薬庫の周りには3門の砲座井があり、それぞれ微妙に形態が違っているところが興味深いところです。

砲台一帯は公園化され、牧草地の中にうまく溶け込み、玄界灘が視界一杯に臨めます。

もう1門の砲座とそれ用の弾薬庫は、道を挟んだ反対側に放置プレイされています。一般観光客は気づかず通り過ごすと思います。

(佐山二郎共著 日本の大砲より転載)